映画「ジュディ 虹の彼方に」感想・考察|薬物依存に苦しんだ人生と衝撃の実話

※本記事はネタバレを含みます。

2020年公開の映画『ジュディ 虹の彼方に』は、映画「オズの魔法使い」のドロシー役で知られる伝説的スター、ジュディ・ガーランドの晩年を描いた伝記映画です。

華やかな成功の裏側で、彼女は何を失い、人生に何を求めていたのか。

この記事では、47歳という若さで亡くなった彼女の人生を独自の視点で考察します。

この記事でわかること
  • ジュディ・ガーランドと薬物依存の始まり
  • 【考察】ジュディがほしかったものとは?
目次

基本情報

作品名ジュディ 虹の彼方に
監督ルパート・グルード
劇場公開日2020年3月6日
上映時間118分
キャストルネ・ゼルウィガー(ジュディ・ガーランド役)ジェシー・バックリーほか
主な受賞歴第92回アカデミー賞 主演女優賞 受賞
(ルネ・ゼルウィガー)

あらすじ

1968年、かつての天才子役として名を馳せたジュディ・ガーランドは、仕事のオファーが途絶え、住む家すら失っていました。2人の子供を連れてホテルを転々とする生活も、多額の借金によって限界を迎えます。

彼女は子供たちと再び共に暮らすため、再起をかけて単身ロンドンでの長期公演に挑むことを決意します。しかし、少女時代からの薬物依存により蝕まれた彼女の体は、すでに悲鳴を上げていたのです。

ジュディ・ガーランドとは?

1922年に生まれた彼女は、わずか2歳半で初舞台を踏みました。17歳で映画『オズの魔法使い』のドロシー役を演じ、世界的な大スターとなります。その歌声は「100年に一人の才能」と称えられ、グラミー賞の最優秀アルバム賞を女性で初めて受賞するなど、まさに伝説のエンターテイナーでした。

しかし、その華やかな成功の一方で、、私生活では5度の結婚と離婚を経験しています。子供は3人おり、第一子は女優・歌手のライザ・ミネリです。47歳という若さで亡くなるまで、生涯を通じて薬物やアルコールの依存に苦しみ続けました。

天才子役を壊した「スタジオの闇」と薬物依存

映画の中で時折差し込まれる回想シーン。そこで幼いジュディが大人たちから食事を制限され、小さな錠剤を渡される場面が印象に残りました。

まるみ

無慈悲な大人たちによって仕組まれたものでした。

調べてみると、13歳のときにジュディはMGMと専属契約をします。社長と母親は過密スケジュールに加え、24時間働かせるために、薬を常用させていました。 疲れを感じさせずに撮影を続けさせるための「目を覚ます薬」。そして、夜は無理やり眠らせるための「眠る薬」。これらを交互に与えられました。

1949年に解雇されるまで、心身ともに休まる暇もなかったのです。その子供時代からの習慣が薬物依存を生み出し、亡くなるまで彼女を苦しめることとなります。

MGMとは、メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(Metro-Goldwyn-Mayer)というアメリカの映画スタジオで「007」や「ロッキー」などの有名作品で知られています。

【考察】ジュディが本当に欲しかったもの

映画でのジュディは、子供と暮らすという夢のために、体力や精神が辛い状況の中でも歌い続けていたと思います。しかし、子供たちは「元夫の元で暮らしていきたい」と希望し、その夢は終わってしまいます。

まるみ

子供との電話シーンは、見ていて本当に辛くなりました。

本当は子供を手放したくないはずのジュディ。けれど、その気持ちを押し殺して「どうしたいか」を子供へ聞くシーンを見て、彼女が心から子供のことを思っているのだなと強く感じました。

2歳からステージに立ち続け、自分の人生を常に誰かにコントロールされてきた彼女だからこそ、ジュディは母親として子供と共に暮らし、何気ない日々を送るといった、いわゆる「普通の暮らし」がしたかったのではと思いました。

しかし、そのために安定した仕事に就こうとしても、彼女には幼少期から歩んできた俳優・歌手としてのキャリアしかありません。生活を立て直す術は「歌うこと」しかなかったのです。その逃げ場のない現実が、彼女の人生をより一層切ないものにしていると感じました。

代表的な出演映画

公開年作品名役名
1939年(17才)オズの魔法使い ドロシー
1944年(22才)若草の頃エスター・スミス
1954年(32才)スタア誕生エスター

まとめ

映画『ジュディ 虹の彼方に』を通じて、伝説のスターの華やかな姿の裏側にある、あまりにも残酷な真実と深い愛を知ることができました。この映画では波乱万丈の人生だった彼女の晩年をご覧いただけます。

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